「実践!作文サミット99」レポート
佐内信之(東京・小学校)「授業づくりネットワーク会員版」第123号より


 12/25〜26、東京の「五反田ゆうぽうと」において、「実践!作文サミット99」が開催されました。「実践レポート研究会」の主催です。普段のメンバー以外に、全国各地(?)から著名な作文研究者・実践家の方々が集まりました。
 2日間のプログラムは以下の通りです。

<12/25>
・サミット「作文指導の活性化にどんな『理論・実践』が必要か?」
指定討論者:三森ゆりか、奥泉香、桜沢修司、石井淳、上條晴夫
・パーティー「作文教育をざっくばらんに語る」
<12/26>
・レポート検討「作文実践を切り拓く」

実に盛りだくさんの2日間でしたが、ここでは1日目のサミットのみレポートします。
 サミットは以下の流れで進められました。
1.指定討論者の発題(15分×5)
2.指定討論者の討論(30分×2・20分)
3.会場質問(10分×3)
 これらのうち、1の要旨と2の一部を佐内の責任でまとめ、3は割愛せざるを得なかったことをあらかじめお断りしておきます。

 指定討論者自己紹介 

【上條晴夫】
小学校教員時代に「見たこと作文」という論理的・実証的な作文指導を行ってきた。その後、著作活動の中でフィクション的な作文なども研究している。
【桜沢修司】
埼玉県大宮市立日進小学校5年生担任。文章構成をもとにひとまとまりの文章をまとめる指導過程を考案した。現在は学級通信をもとにした作文指導に取り組んでいる。
【三森ゆりか】
海外経験を通してドイツの言語教育と日本の国語教育の差を痛感する。現在「つくば言語技術教室」という塾を経営し、系統的なカリキュラムにもとづいた作文指導を目指す。
【石井淳】
秋田市立四ツ小屋小学校で5年生担任。本人はずぼらな性格であるが、県内の研究仲間と同人誌『ふきのとう』を発行し、作文には比較的熱心に取り組んでいる。
【奥泉香】
「波多野ファミリスクール」というところで1年生から6年生までの作文だけを担当している。最初から作文ゲームにこだわって自分なりの課題を持って授業を作っている。

 どんな系統案が必要か?【三森ゆりか】

(1) 作文技術教育における系統的カリキュラムはなぜ必要か
 現在の学校は作文教育を行っていない。作文のテーマが与えられるだけで書き方は教えてくれないことが多い。たまたま作文に熱心な教師に当たった年だけ書く機会が増える。そのため、書く技術が身に付かず、大学や海外留学でも論文が満足に書けないのが現状である。
 「教育の機会均等」という義務教育の考え方からも、日本全国どの学校でも教えてくれる作文技術の系統的なカリキュラムが必要である。また、国際社会で日本人が堂々と主張する能力を身に付けるためにも、系統的な作文技術の訓練が不可欠である。

(2) 系統的カリキュラムの基本となる4種類の技術
1 物語:「何が起こったか」について、
     「事件」の発端から結末までを他
     人に分かるように、臨場感を持っ
     て語る技術。
2 説明:ある事柄について、他人に情報を
     与え、理解させ、明らかにさせる
     技術。
3 描写:物・人物・状況・場所・行動など
     を、他人の想像力に訴えて、頭の
     中にイメージさせ、追体験させる
     技術。
4 論証:ある主張、ある考えが、正しく真
     実であることを、相手に納得させ
     確信させる技術。

(3) ドイツの言語技術教育のカリキュラム
 ドイツの言語技術教育は4種類の基本技術が訓練できるよう体系的に組織されている。
 ドイツでは算数など一部を除いたテストすべてが作文形式のため、書く力がないと非常に困る。最終的に高校の卒論ではA4で100ページもの記述力が要求される。

(4) 「つくば言語技術教室」のカリキュラム
 ほぼドイツのカリキュラムにしたがっている。ただし、自分の意見に理由を述べる言語習慣のない日本の子どものために「問答ゲーム」という論証文の口頭訓練を入れるなど、特色あるカリキュラムを組んでいる。
 全体のカリキュラム構成としては、まず低学年では4種類の技術を一つ一つ学べるようにする。中学年・高学年・中学生と各技術の基本を習得できるようにし、学年が上がるに従い、4種類の枠がなくなる。つまり、一つの作文に全部、あるいは数種の技術が盛り込まれるようになる。

【上條】
物語と描写の違いは? 説明と論証とはどう分けるのか?
【三森】
普通の作文は4つのタイプが混在している。完全に切り離すことはできないが教えるときには意識的に分けて指導する。
【桜沢】
文章の分類は興味深いが、分け方を考えていくにしたがって訳が分からなくなるので、私はまとめて指導する。
【奥泉】
物語と描写は分けた方がよい。しかし、物語だけカテゴリーが違う。宇佐美寛氏は「物語や小説の中にも説明はある」という指摘をしている。
【桜沢】
小学生の子どもの頭の中はごちゃごちゃの状態で、少しずつ整理されてくる。説明と論証を二つに分けるよりも、戦略としてまとめた方がよい。説明を繰り返して、より良く説明しようとすると論証になるのではないか。
【三森】
低学年の子どもでも、物語・描写・説明・論証はできる。だから、最初は一つ一つの技術を分けて指導していくと、徐々にそれらの技術をまとめた文章が書けるようになる。
【奥泉】
 三森さんと桜沢さんの違いは、書く文章によって以下のように違うのではないか。
 物語と描写:分化→総合(三森派)
 説明と論証:総合→分化(桜沢派)


 どんなワークシートが必要か?【石井淳】 

(1) 池内清氏の実践『「ぼけぼけ」えんぴつおしゃべり』を追試する。
 池内実践を追試した。非常に楽しい授業で一枚文集にして学級通信を発行した。同僚の先生にも配って紹介してみたが……これだけでは実践が広がらない。

(2) 作文指導がなぜ低調か?
 そんな同僚を見ていると、やるべきことが多すぎて自分のやりたいことが見つからないように思われる。
 それにもかかわらず、ずぼらな私が作文に取り組んでいるのは、他のことで手ぬきをしているからである。賢く手ぬきをして「やりたいこと」を見つけたい。

(3) 「報告型」から「売りこみ型」への切り換えでワークシートを生かす。
 今までにも、すぐれた実践はたくさんあった。それでも作文指導が低調なのは、伝え方に問題があるように思われる。「こんなことをやりました」風の実践紹介から、「これなら自分もやれそうだな」と思わせるように、プレゼンテーションの意識をもった実践紹介を心がけてはどうか。
 そのためにはワークシートも大切だが、それが誰の手に渡ってもすぐに実践に移せるような作文指導マニュアルが必要である。たとえば、以下のようなポイントが考えられる。
 ・どんな作品が生まれるのか(作品例)
 ・指導言や手順が簡素で明確
 ・ねらいをしぼった評価の観点
 ・2〜3学年程度の幅に対応可能
 ・一枚文集へのまとめ方の例
 ・早く書き上げた子への対応
 ・応用例

(4) どの子も書ける『そのまんまワークシート付作文指導マニュアル』
 上記のポイントを備えたワークシートと指導ポイントを見開き2ページにおさめる。

 フィクション作文の可能性は?【上條晴夫】 

(1) 動機
 池田操&「58の会」著『書くことが楽しくなる「ファンタジーの作文」事例集』(明治図書・1988)、青木幹勇著『子どもが甦る詩と作文─自由な想像=虚構=表現』(国土社・1996)のような先行研究に触発されて、「ジャンルとしてのフィクション作文」に興味を持つ。

(2) フィクション作文を巡るいくつかの議論を読む
 1 青木幹勇著『表現力を育てる授業』(明治図書・1980)の「フィクション作文を勧める」という論文の議論がよくまとめられている。すなわち、従来から「物語の続きを書く」「物語の主人公に手紙を書く」などの指導が工夫されたものの必ずしも成功しなかった。その結果、作文はあくまでも生活を踏まえなければならないと主張されるが、新米教師や作文に関心の薄い教師たちは平凡で月並みな作文しか書かせることができない。そこで、現在は子どもたちの自由奔放な想像力に頼らず、物語を読んで書き足し・書き広げるフィクション作文が広く行われるようになった。つまり、子どもたちには発想をひとまとまりの文章にする構成力が欠けているため、自由にフィクション作文を書かせると、どの子も登場人物がどこかへ出かけていく「道行き作文」を書いてしまう。だから、子ども向けのフィクション作文としては、物語に書き足す・物語を書き広げる「再話作文」を書かせるとよい。
 2 宮川俊彦著『作文の中からコンニチワ』(第三文明社・1982)によれば、想像することによって作文の楽しさに目を開いていった子は驚くほど多い。単に「お母さん」という題を「もしもお母さんだったら」「お母さんがもしも○○だったら」と変えるだけで、子どもたちは現実の母親の姿と自らの母親感を描き出す。
 3 田宮輝夫著『作文指導ハンドブック』(百合出版・1992)では、想像作文は単なる「空想作文」にすぎないと批判する。「ウソでもいいから自由に書きなさい」「でたらめでもいいから書きなさい」と指示するような非現実的な観念の遊びにすぎない。
 4 青木幹勇著『子どもが甦る詩と作文─自由な想像=虚構=表現』(国土社・1996)では、戦後五十年で子どもたちの生活が大きく変貌してきているのだから、作文の内容も対応しなければならないと説く。したがって、今必要なのは「虚構の作文」指導である。

(3) 考察
 「子どもの書く気を起こさせる指導」を重視する宮川俊彦氏は作文指導の比重を「想像力の文が三割、生活文が三割、自由テーマが三割、あとの一割はゲーム、ことばあそびに類するもの」という。これを参考にしながら仮に『一年生の作文指導』という本を作ろうとすれば、以下のような目次になる。
 1 文学的文章…詩・想像文・
         生活文(エッセイ)
 2 実用的文章…手紙文・日記・記録文
         観察文・報告文・感想文
 3 論理的文章…説明文・意見文
 作文活性化には本格的な文種分類と考察が必要である。

 作文ゲーム&遊びの可能性は?【奥泉香】 

(1) 子どもが書いてみたくなるような〈コミュニケーション状況〉が、作り出せる。
 〈コミュニケーション状況〉とは〈誰に、何を、何のために〉書くのかといった設定のことである。ゲームや遊びでは相手と得点を競うことが多いので、〈誰に〉向けて〈何のために〉書くのかという設定を作りやすい。ゲームや遊びの世界では〈コミュニケーション状況〉を自在に作り出すことができる。

(2) 〈どこを、どの程度〉詳しく書くべきかが、わかり易い。
 日記や行事作文のように〈どこを、どの程度〉詳しく書いてもいいような状況では指導の基準が曖昧になる。自分の分身が隠れている場所を説明させるような作文ゲームならば
詳しく書く程度を子どもたちが意識できる。
→「『分身かくれんぼ』で〈視点〉の学習」 (『授業づくりネットワーク』No.169)

(3) 書いた後の〈フィードバック〉の授業が仕組み易い。
 子どもが文章を書くときの留意点を意識できるよう、書かせた後の指導も重要である。書き手や読み手の子どもに文章を検討させるプロセスを重視する。たとえば、おはじきの遊び方を知らない友達が遊べるように指示書を書く授業などがある。

(4) 難易度を、学年やその子どもに応じて調節し易い。
 ゲームや遊びでは、人数や使う道具の数、またはその材質やルールの一部を変えることで難易度を調節できる。たとえば、レゴブロックの組み立て方を説明する作文では、ブロックの数や色の種類を変えることで子どもにあわせた授業が可能になる。
→「〈順序〉と〈違い〉で論理的思考を鍛える」(『言語技術教育』第6号)

【石井】
「分身かくれんぼ」は面白い。自分でもやってみたいし、他の先生方にも学年に応じてやってもらいたい。
【桜沢】
「分身かくれんぼ」は状況を説明する能力を付けるという目的でやってみたい。しかし、周りの教師はやらないだろう。教科書に載っていないし、その時間もないから。
【三森】
確かに注意深く観察する力や人に伝える力は付きそうだが、それらの力がどこにつながるのかが気になる。全体の系統の中での位置づけをハッキリしないとわかりにくい。
【奥泉】
そのように言われるのは意外。分身くんの立場で描写する「視点」と、つじつまをあわせて状況を説明する「整合性」の勉強はハッキリできると思う。
【上條】
カリキュラムの中において、論理的思考とフィクション作文とのつながりをどう考えればよいのか? 物語・説明・描写・論証という4項目や視点という要素は論理的思考の下位項目に入るのか? 「論理」という言葉に代わって個々の要素を統一する別の言葉が必要なのではないか?


 添削指導をどうするか?【桜沢修司】 

(1) 添削の機能
 1 児童と保護者に、教師が作文を読んだこ
   と・作文指導をしていることを伝える。
 2 次の新規な作文に生かすための指導を行
   い、作文力を伸ばす。

(2) 作文の指導過程における添削指導の位置づけ
 作文記述後の指導には、添削指導の他に、教師の感想を告げる・児童相互の感想交換・作文の音声化・掲示や文集にすることなどがある。添削指導は必ず行わなくてはならない必須の指導過程ではない。

(3) 必須の指導過程ではないのにもかかわらず、多くの教師が添削指導を行う理由?
 1 伝統的な習慣だから。
 2 児童の労力に対して礼を尽くすため。
 3 児童とコミュニケーションをとるため。
 4 作文力を伸ばす有効な手段として指導す
   るため。

(4) 添削指導の問題点
 1 (3)・〜・の区別を意識せずに、何となく
   添削指導が行われている。
 2 教師も児童も共に、添削指導の効果が実
   感できない。
 3 時間がかかる。作文1時間の授業に対し
   て、添削には2時間かかる。

(5) 添削指導改善のアイデア
 1 絶対的に正しい添削は存在しない。
 2 口頭による指導を活用する。赤ペン記入と添削指導は同一ではない。
 3 表現内容の指導と表現形式の指導とを区
   別する。
 4 添削のポイントを絞る。

 以上のような授業時間内の作文指導とは別に学級通信も活用している。1学期に111号、2学期も111号、合わせて222号発行した。普段着の作文を書き慣れさせることで、文章を書く絶対的な量を保障しなければ作文力は高まらないだろう。

【上條】
表現形式の指導に重点を置くとのことだが、書く内容を具体的にさせる「概念くだき」のような指導は行っていないのか?
【桜沢】
意識的にはしていないが、無意識に行っているかもしれない。ただし、内容的にはつまらない作文でも学級通信に取り上げる。そのことで書くことに意欲的になり、認識が深まるという効果は感じている。
【三森】
表現内容に立ち入らないというのはよく分かる。私の教室でも個人的なことを書かせないのは添削ができないからである。
【上條】
添削に熱心な先生の多くは漢字の間違いなどマイナスの指摘が多い。桜沢さんのように「こうすればうまく書けるよ」というスタイルの添削指導は大事なポイントだと思う。また、たいていの先生は内容にコメントする。なぜ、そんな馬鹿げたことをするのか?
【桜沢】
教師自身が意識していないから。作文教育の中で、今まで表現形式を指導しようとする伝統が日本では薄かったのではないか。

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