再生作文
野口芳宏『作文で鍛える(上)』(明治図書、1988年)より


 簡単な昔話を子どもたちに語って聞かせ、その話をもう一度改めて作文に書かせる。

作文例

   「えさしのしげじろう」               みーな
 むかし、むかしのお話です。
 あるとき、海辺で、キラキラ光る魚がとれました。
 魚は、お城のおとのさまのところへ運ばれました。
「この魚は、何と言う名前じゃ?」
 おとのさまが聞いても、その魚の名を知る者は誰もいませんでした。
 その話を聞いて、しげじろうという男は、
「俺は名前を知っているぞ」
 と、あちこち言ってまわりました。
 そんなある日、しげじろうは、おとのさまに呼ばれました。
 おとのさまに魚の名前を聞かれて、
「この魚はキンキラキンのキンです」と答えました。
 しげじろうは、たくさんのごほうびをもらって、家に帰りました。
 さて、その次の年のことです。
 おとのさまは、教えてもらった魚の名前を忘れてしまい、もう一度しげじろうを呼びました。
「しげじろう、この魚、何という名前だったかのう」
 しかし、うそばっかり答えたしげじろうは、忘れてしまいました。
 困りながら魚を見ると、ひからびてコチコチになっています。
 そこで、
「おとのさま、これは、カンカラカンのカンです」
 と答えました。
 しかしその時、おとのさまはとつぜん、魚の名前を思い出してしまったのです。
「コラ、しげじろう、お前はキンキラキンのキンと答えていたでないか。このうそつきめ」
 でもしげじろうは、あわてないで答えました。
「しかし、おとのさま、イカも乾けばスルメといいます。キンキラキンのキンも、ひからびればカンカラカンのカンと呼ぶんですよ」
 しげじろうは、またもたくさんのごほうびをもらって、家に帰りました。
 めでたし、めでたし。

(参考資料…中村純三『江差の繁次郎』(江差観光協会))

 野口氏は、次のようにいう。
「オリジナルでなければ意味がない。創作でなければ意味がない。−そのような考えにとらわれている限り、作文嫌い、作文劣生は解消されない。書けない、という現実、書けたことがないという現実が、作文を書かせるたびに彼らを劣等感のとりこにしてしまうからである。」
「肝腎なことは、文章が書けること、綴れること、形だけでも原稿用紙を埋めていけたという、その事実、その体験こそが彼らをして劣等感からすくいあげるのである。」